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空が綺麗な茜色に染まるころ、昇竜の滝にて物音が聞こえる。
毎日のように聞こえてくるそれは、この天照郷では名高い天照館に所属する一人の学生…若林誠が剣を振るう音だった。
前を見据え、しっかりとした太刀筋を繰り出す。あの決意の日から一日も欠かさずに行ってきた鍛錬がしっかりと身になっているのが誰の目からも明らかだった。
それは、ひっそりとその姿を眺めている女性、鳳翔凛から見ても同じだった。
初めて刃を交えたのは夏だったか。その時はまだ未熟もいいところだった。言われるまでは思い出せもしなかった。
だが今では自分に追いついて、いや、既に追い越されているのかもしれない。
その上達の秘密がこの鍛錬なのかと眺めながら思う。
どうして彼がそこまで頑張るのかを、彼女は知っている。
彼はただ、ある一文字を信じて突き進むといっていた。その時の横顔はおそらく忘れることはないだろう。
その一文字とは。
「…『誠』…。」
「え、は、はいっ?あ、鳳翔さん!?」
思わず漏れていた自分の言葉に、思いがけず相手が反応してしまって少し焦る。名前を呼ばれたと思った若林はそれが鳳翔だと気がつくと、鍛錬で上気していた頬をさらに少しだけ紅くした。
「こんばんは、どうかしたんですか?」
たた、と駆け寄ってくる若林に鳳翔は手に持っていたものを後ろ手に隠す。
いつ渡そうかと考えを巡らせるが、目の前に本人が居るのでなかなか頭が回らない。
「今日も鍛錬か?…精が出るな。」
などと、他愛のないことを言ってしまう。いや、まずは他愛のないことから入らねば。
「…いえ、僕はこれくらいしないと、皆さんに追いつけないですから。」
「謙遜するな。お前の強さは十分皆に引けを取らないだろう?」
「そんな…、そんなことないですよ。まだまだです。」
本心から出た言葉だったが、その言葉に少し困ったように微笑んだの若林を見て何故か胸が痛くなった。 「…。まあ、コホン。…それはひとまず置いておくとしてだな。」
話題を変えようとしたのか、少しわざとらしい咳払いをひとつついて言う。
心なしかその頬が染まっているように見えるのは茜の空の所為ではないはずだ。
「はい?」
「…腹は空いてないか?体を動かしただろう。」
「あ、それは、はい。少しは。」
「そうか。ウム、では、ええと、これを食べないか?」
先ほど後ろでに隠したものをそっと差し出す。
それは両の手のひらより少しだけ大きい風呂敷包みだった。
「も、もしかしてお、お弁当ですかっ?」
「あ、い!要らないのなら別に構わないが!」
「要ります!…あ。」
思わず大声で即答してしまい、若林は瞬時に紅くなる。
それを見て微笑んだ鳳翔を見て、また更にその色が増した。
その後二人が寮の門限に間に合ったかどうかは謎な話である。
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